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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)14812号 判決

原告 木村眞子

右訴訟代理人弁護士 佐藤敏栄

被告 国

右代表者法務大臣 鈴木省吾

右指定代理人 田中澄夫

〈ほか一名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五二万三七〇四円及びこれに対する昭和五九年一一月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は横浜地方裁判所昭和五七年(ワ)第二一〇九号建物収去土地明渡請求事件の執行力のある判決正本(以下「本件債務名義」という。)及び同裁判所昭和五九年(ヲ)第五〇三七号収去決定正本に基づき、昭和五九年九月八日、横浜地方裁判所執行官山口勇(以下「山口執行官」という。)によって、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)につき建物収去の強制執行を受けた。

2  山口執行官は、右強制執行に際し、本件建物内の原告、安田清こと宋錫才(以下「宋」という。)及び原告の子ども二名がそれぞれ所有する書籍、衣類、道具類等の動産(以下「本件動産」という。)並びに原告名義の電話機一台(以下「本件電話機」という。)を本件建物の北側に存する別紙物件目録(二)記載の建物(以下「隣接建物」という。)の敷地上の右建物南側に隣接した個所に積み重ねて放置したため、本件動産及び本件電話機は雨水に濡れて使用不能となった。

3  山口執行官は、前記強制執行に当たり、民事執行法一六八条四項に基づき、本件執行の目的物でない本件動産及び本件電話機を、債務者(原告)、その代理人又は同居の親族若しくは使用人その他の従業者で相当のわきまえのあるものに引き渡すか、あるいは、執行官がこれを保管すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然とこれらを戸外に放置したものであって、右山口執行官の行為は違法かつ過失ある行為である。

執行官の執行行為は、国の公権力の行使に当たるものであるから、山口執行官がその職務を行うにつき、右過失による違法行為があったものである以上、被告国は国家賠償法一条一項により原告らの被った損害を賠償すべき義務がある。

4  被告が賠償すべき損害は次のとおりである。

(一) 原告所有の衣類、道具類が使用不能になったことによる価格相当損害額金六万九七五〇円

(二) 原告名義の本件電話機が使用不能となり、所有者である日本電信電話株式会社(旧日本電信電話公社)に支払った損害賠償額金二四二四円

(三) 原告の夫である宋所有の衣類、道具類、書籍が使用不能になったことによる価格相当損害額金三七万八五三〇円

(四) 原告の子である安田知里所有の衣類が使用不能になったことによる価格相当損害額金二万三〇〇〇円

(五) 原告の子である安田智恵所有の衣類が使用不能になったことによる価格相当損害額金五万円

(六) 宋、安田知里及び安田智恵は、昭和五九年一〇月初旬ころ、右(三)ないし(五)の被告に対する損害賠償請求権をそれぞれ原告に譲渡し、昭和六〇年六月一〇日、その旨被告に通知した。

5  よって原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として金五二万三七〇四円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五九年一一月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実及び主張は争う。

4  同4の事実及び主張は争う。

三  被告の主張

1  山口執行官は、昭和五九年九月八日午前九時三〇分ころ、朝倉企業有限会社(以下「朝倉企業」という。)を債権者、原告を債務者とする横浜地方裁判所昭和五九年(執ロ)第三〇五号建物収去強制執行事件及び関連執行事件の執行のため、執行現場である神奈川県藤沢市藤が岡一丁目五番六号に臨場し、右債権者の代理人朝倉宏光、立会証人名波勲、同中井敏勝各立会いのうえ、原告並びにその夫で有限会社三宏商会(以下「三宏商会」という。)及び安田企業合名会社(以下「安田企業」という。)の代表者でもある宋に対し、執行の要旨を告げた。

2  これに対し、原告らは執行に反対の態度を表明したが、山口執行官は、右原告らに対し、債務名義及び占有関係調査結果に基づいて執行する旨告知し、建物収去の執行に着手した。

3  執行の際、本件建物内には、書籍、衣類、道具類(本件動産)が混然として存在し、原告、宋、三宏商会、安田企業の本件建物についての共同占有は認められたが、本件動産の占有関係の調査につき、原告らの協力が得られない状況であったために、判然と区別できなかったので、山口執行官は、原告らに対し、民事執行法一六八条四項前段に基づいて、本件動産を本件建物の敷地外に搬出したうえ道路上で債務者である原告に引き渡す旨告知したところ、原告は「近所の手前があるので敷地内に置いてもらいたい。」旨述べた。

4  山口執行官は、当日の執行が遅延しており、その日のうちにすべての執行を完了させることはできず、執行を後日に続行せざるを得ない状況であったので、本件動産の引渡場所については、原告の申出を入れ、右敷地内で引渡すこととした。そこで、その旨を原告に告げ、引渡場所の指示を求めたところ、原告は、本件建物の北側に存する隣接建物の傍ら(南側)に置いて欲しい旨申し出たので、山口執行官は、本件建物から搬出した本件動産を原告の指示した右場所に順次積み置いて原告に引き渡した。

その間、原告らは、山口執行官の右執行事務の遂行を終始現認していたが、これについて何らの異議の申し立てもしなかった。

5  以上、山口執行官のした執行は法律の定めに従ってすべて適正になされたのであって、これを違法とする事由はなく、本件動産及び本件電話機は、原告の指示した場所に搬出され、原告に引き渡されて執行官の管理を離れたのであり、それ以降原告の占有に帰したものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2のうち原告らが執行に反対の態度を表明したことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二1  原告は、山口執行官には、昭和五九年九月八日の本件建物収去の強制執行の際、本件動産及び本件電話機を債務者たる原告に引き渡すか、山口執行官自ら保管すべきであるのに、これをなさず、これらを戸外に積み重ねて放置した違法な行為があった旨主張し、民事執行法一六八条四項によれば、同条一項の不動産の明渡しの強制執行においては、「その目的物でない動産を取り除いて、債務者、その代理人又は同居の親族若しくは使用人その他の従業員で相当のわきまえのあるものに引き渡さなければならない。この場合において、その動産をこれらの者に引き渡すことができないときは、執行官は、これを保管しなければならない。」とされているから、本件においても、山口執行官は、本件動産を債務者たる原告らに引き渡すか、又は債務者がその受領を拒否するなどして引渡しができないときは、同執行官においてこれを保管すべきものというべきである。

2  そこで山口執行官に右法律上の義務に反する違法な行為があったか否かについて審究すべきところ、原告は、山口執行官が搬出した本件動産及び取りはずした本件電話機を、原告に引き渡すことも、自ら保管することもせず、戸外に積み重ねて放置した旨主張し、被告は、同執行官が現場において原告に右動産及び電話機を引き渡した旨主張するので、この点について検討する。

被告の主張1の事実及び同2のうち原告らが執行に反対の態度を表明していたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び前記争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  本件債務名義(確定判決)は、原告に対し、本件建物を収去して別紙物件目録(三)記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡すこと並びに右土地上に存する車庫の明渡しなどを、宋に対し、本件建物から退去して本件土地を明け渡すことを、安田企業及び三宏商会に対し、本件建物及び隣接建物から退去して本件土地を明渡すことを、それぞれ命じているものであるところ、その原告である朝倉企業は、右債務名義に基づき、昭和五九年八月二〇日、横浜地方裁判所に、原告、宋、安田企業及び三宏商会を債務者とする右各不動産執行の申立て(横浜地方裁判所昭和五九年(執ロ)第三〇五ないし第三〇九号事件)をするとともに、本件建物収去費用の支払決定に基づき有体動産差押執行の申立て(同裁判所同年(執イ)第四九一八号事件)をした。

また、霜田サダの原告に対する隣接建物を収去して本件土地を明け渡すよう命じた債務名義に基づき、霜田サダは、同日、不動産執行の申立てをした(横浜地方裁判所昭和五九年(執ロ)第三〇四号、第三一二号事件。以上の各強制執行を、以下「本件執行」という。)。

山口執行官は、右各申立てに基づき、同年九月八日、強制執行のため、債権者代理人朝倉宏光、立会証人名波勲、同中井敏勝らとともに、本件執行現場へ赴き、同日午前九時三〇分ころ、本件執行に着手した。

(二)  山口執行官は、原告の名前を大声で呼んだが、応答がなかったため、門扉の鍵を開けて本件土地に入り、隣接建物(事務所)に至り、ドアをノックしたり原告の名を呼んだりしたが応答がなかったため、隣接建物の施錠を破壊してドアを開けたところ、中から原告が出てきて、執行に反対する態度を表明したが、山口執行官は原告に対し、図面等を用いながら、本件債務名義の内容及び本件執行の要旨を告げた。

これに対して、原告は山口執行官に、夫である宋が来るまで執行しないでもらいたい旨の申入れをしたので、山口執行官が更に原告を説得していたところ、間もなく、宋が到着した。そこで山口執行官は、宋(債務者本人兼債務者安田企業、同三宏商会の代表者)に対し本件執行の要旨等を告げたが、宋は、種々の理由を述べて執行に反対する態度を表明する一方、同日は催告のみにとどめて、執行することを猶予してもらいたいと述べた。

債権者代理人は、宋及び原告の右態度を考慮して、今回は本件建物の執行のみにとどめ、その余については任意履行を催告のうえ中止するよう申し出たので、山口執行官はこれを容れ、本件建物についての強制執行のみを開始することとした。

(三)  山口執行官は、原告及び宋に対し、本件建物の占有関係を問い質したところ、原告、宋、安田企業及び三宏商会が本件建物を共同占有していることは判明したが、本件動産の占有関係については判然としなかった。

そこで、山口執行官は、本件動産について申立てのあった差押えをせずに、債務者らに引き渡すことにし、原告及び宋に対し、本件動産を本件土地外である公道上へ搬出のうえ引き渡す旨告げ、午前一〇時三〇分ころ、本件動産の搬出作業を開始した。すると、原告は、右作業について山口執行官に対し、「近所の手前もあるので公道上には搬出しないでもらいたい。隣接建物の脇(南側隣接地)へ置いてほしい。」旨の申入れをした。宋は、原告の右申入れに対し、難色を示したが、原告がこれをたしなめ、更に山口執行官に対し「宋にも納得してもらうように説得するので、本件動産を前記の隣接建物の南側隣接地へ置いてほしい。」旨重ねて申し出た。

山口執行官は、前記のとおり、当日は隣接建物の執行を中止し、右建物に隣接する敷地内は原告の占有管理下にあること、債務者の利益を図る必要もあることなどを考慮して、原告の申出に従って、本件動産を隣接建物の南側隣接地に置くよう作業員に指示し、その日のうちに搬出を完了した。

この搬出作業に対し、宋は現場にいながら、何ら異議を述べることなく黙認していた。

(四)  本件動産の搬出作業と並行して、本件建物の取壊作業も進められた。

ところで、本件建物内には、原告名義の電話機が設置されていたが、このような場合、通常は、事前にその所有者である電話局(日本電信電話株式会社)に対し、強制執行のため電話機を取り外す旨の連絡をし、電話線を切断する扱いになっていたが、右取壊作業の際、作業員が電話局への連絡なしに電話線を切断してしまったので、山口執行官は、電話局への事後報告を作業員に指示したが、宋が自分で連絡すると言うので宋にまかせることにし、電話機は、本件動産とともに隣接建物の南側隣接地に置いた。

その後、右電話機は、原告が電話局へ赴いて返還した。

(五)  本件建物の収去作業は、債権者の申立てにより、外壁の一部を残して続行することとし、午前一一時二〇分ころ当日の執行は終了した。

(六)  その後、同年一〇月二五日に執行は続行され、本件建物及び隣接建物の収去をすべて完了した。その際、債務者である原告らは、隣接建物内の動産の引渡しを受けたが、本件動産については、前回の執行の際引渡しを受けていないので遺留すると述べ、引取りを拒絶したので、山口執行官は、本件動産を執行官保管とし、保管場所に搬送せしめた。

3  右認定の事実によれば、原告及び宋は、昭和五九年九月八日の本件執行に反対していたものの、本件動産及び本件電話機の受領については、これを拒否していたとは認められず、かえって原告は、これらを、当日執行を免れた隣接建物の南側隣接地に置いてもらいたい旨の申出をし、山口執行官は、原告からの申入れに基づき、原告の占有管理下にあった隣接建物の南側隣接地に本件動産及び本件電話機を搬出し、宋もこの状況を現認しながら何らの異議も述べず黙認していたものであるから、山口執行官は、本件動産及び本件電話機を債務者たる原告らに引き渡したものであることが明らかである。

もっとも、前記のとおり、山口執行官は、昭和五九年一〇月二五日の本件執行の続行の際、本件動産を執行官保管としたことが認められるが、《証拠省略》によれば、山口執行官が本件動産を執行官保管としたのは、原告らが同年九月八日に本件動産の引渡しを受けながら、隣接建物の南側隣地に積み重ねたままにしていたところ、一〇月二五日には、本件建物の残部及び隣接建物をも取りこわして、敷地の明渡しを完了し、執行を終了することとなったため、同執行官としては、本件土地の明渡執行を完了するに当たって障害となる本件動産の本件土地外への搬出と現実の引取り方を求めたが、原告らにおいてこれを拒否したため、やむなく、執行官保管としたうえ保管場所に搬送せしめたものであり、一〇月二五日以前から執行官の管理支配が持続していたものではないことが認められる。したがって一〇月二五日に、山口執行官が本件動産を執行官保管とした事実は、同執行官が九月八日に本件動産を原告らに引き渡したとの前記認定の妨げとなるものではない。

そうすると、山口執行官の昭和五九年九月八日の本件執行にこれを違法とする事由が存する旨の原告の主張は理由がないものというべきである。

三  よって、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡崎彰夫 裁判官 高橋隆一 竹内純一)

〈以下省略〉

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